
『クリームソーダにうってつけの日々③ ―― ひとりオーケストラ』
「テクラにやって来るものは、都市なるものはほとんど見ることができず、板囲い、粗布の覆い幕、足場囲い、パイプ枠、繩で吊すか叉脚に渡すかした足台、脚榻、台櫓のかげにみな隠されております。『テクラの建設はなぜこうも長く続くのか?』という間には、住民たちは、桶を引き揚げ、鉛直儀の糸を垂らし、長い柄の刷毛を上下に動かす手をいっこうに休めようともせず、こう答えるのでございます、『破壊が始まらないように』と。」[1]
5月28日。連載初回[2]に取り上げた、都市でありアーティストでもある「ゴルゴル」の急速な発展ぶりとはうってかわって、姉妹都市「エアーム」の建設はテクラのごとく長引いている[3]。というより、クリームソーダミュージアム自体が「破壊が始まらないように」拡充され続けている都市のようで、この日も新たなアーティスト3名を見かけた。
レン・ウィルソン[4]
アーティスト。今、その瞬間に休憩している地球上のどこかの人物に対して、拍手をする『Now I Send You My Applause』(2026-)というパフォーマンスを主に行なっており、時々、どこかに向かって拍手をし、記録をテキストで残している。
サシャ・オカモト[5]
アーティスト。DREAM BIENNALEアーティスティック・ディレクター。「DREAM BIENNALE」とは、人類が同じ時間の睡眠時にみる夢というものを舞台にした国際芸術祭。パビリオンはそれぞれの脳。アーティスティック・ディレクターのサシャ・オカモトによる日時指定によって芸術祭は告知され、その時間に寝ている全ての人々が参加者であり、同時に鑑賞者となる。
柚木慎[6]
アーティスト。空に向かって何回かまばたきをするパフォーマンスをし、それをテキストで記録する『I Blinked Toward the Sky』というシリーズがある。まばたきをすることは、人間が空に対して行える最も弱いコミュニケーションだと捉えている。
彼らの作品と、それらから思い出した時間[7]にまつわる類例とを並べてみれば、
(1) レン・ウィルソン「Now I Send You My Applause 2026.05.25 09:15 JST」
(2) サシャ・オカモト「DREAM BIENNALE 2026.05.25 03:00-06:00 (JST/UTC+9)」[8]
(3) 柚木慎「I Blinked Toward the Sky 2026.05.25 17:11 JST」
(4) ネラム「ネラムは今、考えている(2026/01/30 18:24)」[9]
(5) 生田紗希「I Whisper “Orange” to All the Orange in the World 2026.05.28 10:54 (JST)」[10]
(6) トゥルトゥル「THROW AWAY THE TRASH 2026.04.20」[11]
(7) ポス「2024.04.21 A record of a day in which I go nowhere.」[12]
日付のみが記載された (6)・(7) に対して、時刻まで付された (1)・(3)・(4)・(5) はよりタイムスタンプ的だ。ここでは明らかに河原温の諸作 ―― 前者においては「デイト・ペインティング」[13]、後者においては《I Got Up》[14]―― などが参照されているが、「歴史的・社会的にも、作家個人にとっても、特別な意味を持つものではない」「その日にその絵画を描いたという」「生の証明」。即物的なまでのそんな切実さを帯びた河原作品を定型として流用することで、ひるがえって、どこかの誰かに拍手を送ったり、空にウインクしたりすること。…という、生存が前提にありつつも《I Got Up》や《I Am Still Alive》[15]ほどは直結していない “他愛もない” 行為(前者の否定形は病や死を連想させるが、空にウインクしなかったからといって、すぐには死と結びつかないだろう)を、作品という器に込めて後世へ残す[16]。そうした営みは、「個人的な思い出や情報としての強度のあまり強くない記録などを持ち寄り、一時的にその場かぎりのアーカイブを即興的に構築するグループ『仮設自治アーキビスト』」[17]の活動とも通じて、5月26日。当該グループによる集会が、20時から1時間だけオンラインで開催された。『スマートフォンなどで撮影された写真とエピソードを持ち寄る』と題されたそれに参加するには、撮影者自身の記憶からもいずれ抜け落ちそうな何気ない写真とエピソードを、オルタネーム(本名ではない別名義)[18]と合わせて送る必要があった。ペンネームで短歌を投稿するように。そのアーカイブは今のところ公開されてはいないが、本名というアイデンティティから遊離した断片の集積は、
「過去・現在・未来のあらゆる詩は、世界中のすべての詩人が作り上げたひとつの無限の詩の挿話もしくは断章である」(シェリー)
「この世のすべての書物はひとりの人によって書かれた」(エマーソン)
「このような文学観に立脚するならば、文学作品の著者たちのすべては、非時間的で無名の唯一の作者、即ち超人間的な《精神》の代弁者ということになり、〔……〕それ故に、アンソロジーという形式は、それがある特定のテーマについて編まれた場合、種々雑多なものの寄せ集めという見かけの体裁にもかかわらず、そのテーマについての時空を超えた、より統一的かつ普遍的な観念を呈示できる」[19]
「非時間的で無名の唯一の作者」をいずれ浮かび上がらせるのではないか。転じてクリームソーダミュージアムとは、本来ならば「超人間的な《精神》の代弁者」のひとりに過ぎないアーティスト「中村悠一郎」[20]が、別名義という断片を集積することでもうひとつの「超人的な《精神》」を仮構し、なり変わろうとする。そんな不敵で稚気に満ちた実験なのかもしれない。〈続く〉
注
タイトルはジョルジュ・メリエスの短編映画『一人オーケストラ』により、開発好明氏の大規模個展『開発好明 ART IS LIVE ― ひとり民主主義へようこそ』を踏まえて「ひとり」表記とした。
なお、引用したURLの最終閲覧日は2026年7月5日である。
[1]イタロ・カルヴィーノ/著,米川良夫/訳『見えない都市』河出文庫,p.164
[2]『クリームソーダにうってつけの日々① ―― 2026年4月21日』のこと。
http://curryricegallery.jp/%e3%80%8c%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%a0%e3%82%bd%e3%83%bc%e3%83%80%e3%81%ab%e3%81%86%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a4%e3%81%91%e3%81%ae%e6%97%a5%e3%80%85%e3%80%8d%e5%b9%b3%e5%b2%a1%e5%b8%8c%e6%9c%9b/
[3]前提として、ゴルゴルやエアームはそれぞれのインフラたるアーティストを生み出す(たとえば、ギャラリー「Ukigumo Hatashima」や公園「ホテプパーク」など)。そして、それらインフラ=アーティストが、さらにアーティスト(所属作家や公園利用者に当たるのだろうか)を生成することで都市が “発展” していく。2026年7月5日現在、ゴルゴルが8名のインフラ=アーティストと、他54名のアーティストを擁しているのに対し、エアームは3名のインフラ=アーティストと、他10名のアーティストに留まっている。エアームが小都市の可能性もあるが、インフラ=アーティスト「レモミュージアム」の “収蔵作家” がまだ1名であることを鑑みると、都市自体が建設途中なのではないか。
[4]クリームソーダミュージアムの「Artist」一覧の6ページ(https://creamsodamuseum.org/artist-6/ )、上から34番目(すなわち、284人目)のアーティスト。
[5]6ページの上から35番目(すなわち、285人目)のアーティスト。
[6]6ページの上から36番目(すなわち、286人目)のアーティスト。
[7]ここで思い出されるのは、3ページの上から31番目(すなわち、131人目)のアーティストであり時間そのものでもある「フシスランコンサ」で、「主な作品に、白と黒の画面が交互に異なるタイミングで切り替わることによって、鑑賞者に待つという時間感覚を感じさせる映像のシリーズなどがある」。
https://creamsodamuseum.org/%e3%83%95%e3%82%b7%e3%82%b9%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%82%b5/
[8]著者は次のような夢を見た。どこの誰かはわからないが知り合いの、おそらく相模原あたりの作家のアトリエを訪れており、彼から Art Center Ongoing の小川希さんキュレーションのグループ展が開催中だと聞く。知らなかった私は大いに驚く。
[9]3ページの上から32番目(すなわち、132人目)のアーティストであり思考そのものでもある「ネラム」の作品。「思考しているという行為の記録として、日時と『ネラムは今、考えている』というテキストをレイアウト」している。
https://creamsodamuseum.org/%e3%83%8d%e3%83%a9%e3%83%a0/
[10]4ページの上から37番目(すなわち、187人目)のアーティストで、「オレンジ色をテーマカラーとして積極的に作品に取り込み、さまざまな表現媒体で制作する」。「世界に存在するすべてのオレンジ色に向けて『オレンジ』と呟くパフォーマンス」を記録した当該テキスト作品については、ウィルソン、オカモト、柚木ら3名と同じタイミングで追記されたと思われる。
https://creamsodamuseum.org/%e7%94%9f%e7%94%b0%e7%b4%97%e5%b8%8c/
[11]6ページの上から31番目(すなわち、281人目)のアーティストであり、「エアームに存在する主要な駅であり、アーティストのエアーム駅によって生み出された。その日一日にこの世で人類によって行われているゴミを捨てるという行為そのものがパフォーマンスアート作品であると捉え、THROW AWAY THE TRASHというワードと日付をレイアウトしたグラフィックをキャプションとして制作している」。
https://creamsodamuseum.org/%e3%83%88%e3%82%a5%e3%83%ab%e3%83%88%e3%82%a5%e3%83%ab/
[12]6ページの上から33番目(すなわち、283番目)のアーティストであり、「エアームに存在する美術館であり、アーティストのレモミュージアムによって生み出された。一日中家にいてどこにも行かなかった日にちをどこにも行かなかったという記録としてテキストで記録している」。なお、ポスについては連載初回でも取り上げた(cf., 注2)。
[13]「単色の地にアラビア数字とローマン・アルファベットによって一つの日付」を描いた絵画作品。「正式には〈Today(今日)〉シリーズと呼ばれ」、「その日付の24時間以内に描き終えて完成されなければならない」(南雄介「河原温」『日本アーティスト辞典(DAJ)』ART PLATFORM JAPAN,https://artplatform.go.jp/ja/artists/A1286 )。以降、河原作品についてはすべて同文献より引用。
[14]「起床した時刻をスタンプで記録した絵葉書を友人たちに毎日送り続けるメールアート作品」。
[15]「『私はまだ生きている』という意味になる表題の英文を、不定期にさまざまな人物(友人や美術関係者など)に宛てて、じっさいに電報として送付するもの」。「作者が打電した時点において、真実を語っていたはずの電文は、名宛人が受け取った時点では、『Still(まだ)』という語によって、作者の不在と生の不確かさを暗示する」。
[16]河原作品的な形式と、“他愛もなさ” との組み合わせから私が連想したのは定型詩(特に短歌)で、本棚の『短歌があるじゃないか 一億人の短歌入門』(穂村弘,東直子,沢田康彦/著,角川文庫)を開くと、「うとうととねむってしまった台所飲みさしのむぎ茶きらきら光る」(松本茜)に対する穂村氏の評「描かれているのは人生の大事件などではない。あまりにも日常的でほとんど無意味に近い風景。〔……〕いや、でも何か変だ。眠る前と目覚めた後とでは『むぎ茶』の質感が変化している。あんなに『きらきら』光っている。そのとき、私は自分の喉が渇いていることに気づく。この歌には、我々のただ一回きりの生の実感が詰まっている。死によって失われるものは家族や財産や記憶だけではない。こうしたささやかな感覚の全てなのだ。」(同書,pp.4-5)が目を引いた。
[17]2ページの上から7番目(すなわち、57人目)のアーティストであり、「戸籍上の名義ではない名義による人物たちによって生まれた」「コミューン。自治圏。仮設的政治運動体」でもある「オルタネームコミューン」に存在する様々なコミュニティのひとつ。
なお、5月25日の20時から21時には「様々なかたちで集会を開く(1人のみ、非言語、想像、時代を超えた対話など)『インフィニティ・アセンブリ』」による「オルタネームの集い」が、27日の同時刻には、「異なるアイデンティティをパフォーマティブに獲得しようとする人々のコミュニティである『ポストアイデンティティコミュニティ』」による「なりえたかもしれない自分のアイデンティティからのメッセージ」が、やはりオンラインで開催された。
https://creamsodamuseum.org/%e3%82%aa%e3%83%ab%e3%82%bf%e3%83%8d%e3%83%bc%e3%83%a0%e3%82%b3%e3%83%9f%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%83%b3/
[18]ここから、というより中村さんの別名義から連想されるのは70以上の「異名(エテロニモ)」を駆使した文筆家フェルナンド・ペソアだが、「これらの詩的人格は、それぞれに別の名と履歴とホロスコープと職業と肉体と教養をもった人物として措定され」(※)たのに対し、中村さんの別名義にはそういった設定はほとんど見られない。
※ 管啓次郎「解説 ペソア・プロジェクト、あるいは他人として夢を見ること」(いとうせいこう/編『存在しない小説』講談社文庫,p.314
[19]ホルヘ・ルイス・ボルヘス/著,堀内研二/訳『夢の本』河出文庫,pp.334-335。なお、直前のシェリーとエマーソンについても当該箇所より引用。
cf., ホルヘ・ルイス・ボルヘス/著,木村榮一/編訳「コールリッジの花」『ボルヘス・エッセイ集』平凡社ライブラリー,pp.122-129
[20]ややこしいが、クリームソーダミュージアムにも「中村悠一郎」名義が登録されている(2ページの上から5番目、すなわち55人目のアーティストとして)。
