『クリームソーダにうってつけの日々➃ ―― それじゃまず、水平飛行からはじめよう』

「彼〔=メナール〕はべつの『ドン・キホーテ』を書くこと ―― これは容易である ―― を願わず、『ドン・キホーテ』そのものを書こうとした。いうまでもないが、彼は原本の機械的な転写を意図したのではなかった。それを引き写そうとは思わなかった。彼の素晴らしい野心は、ミゲル・デ=セルバンテスのそれと ―― 単語と単語が、行と行が ―― 一致するようなページを産みだすことだった。」[1]

 6月26日。新たに収蔵された14名のアーティストたちの中には、

マーラ・エリソン[2]
アーティスト。Y・Nのペンによるドローイングを模倣し、同じくペンによるドローイングを制作している。彼女は、模倣を作者性の否定ではなく、新たな作者性を生み出す創造的な行為として捉えている。

小佐古奏太[3]
ダンサー。ダンサー倉石幸彦の模倣をするダンサー。路上や公園、公共空間、自宅の庭など様々な場所で即興でダンスを踊り、主に写真や映像によって記録している。

盛岡カズキ[4]
アーティスト、詩人の金沢ユウマの模倣をするアーティスト、詩人。文字のみによる意味性を排除したコンクリートポエトリーを制作し、デジタル作品や印刷物として制作している。

『「ドン・キホーテ」の著者,ピエール・メナール』のごとく模倣と創造のあわいを探求するような作家たちがいた。彼らにとってのセルバンテスに当たる作家はそれぞれ、クリームソーダミュージアムにおいて比較的古参のドローイングアーティスト[5]、ダンサー[6]そして詩人[7]であり、こうした関係性は以前にも、

ファルーク・アッ=ダールィ・アル=ジナーン[8]
アーティスト。グラフィックアーティストのサム・ライトのパターンズというプロジェクトに影響を受け、Adobe Photoshop 2024の生成AI機能を使って、抽象的なパターンをひたすら制作し、デジタル記録集としてのパターンの経典を制作する終わりなきプロジェクト『The Pattern Scriptures』などを行っている。

サム・ライト[9]
グラフィックアーティスト。主にグラフィックデザインのツールを用いながら、それらのツールをデザインという目的のための手段ではなく、スペシフィックなメディウムとして捉えて、遊びながら作品を制作している。

「グラフィックアーティストのサム・ライトのパターンズというプロジェクトに影響を受け」たファルーク・アッ=ダールィ・アル=ジナーン。というかたちで扱われてきたが[10]、

「シェイクスピアという偉大な河が、私のつましい水量を脅かし、ほとんど呑みこんでしまいそうになった。」[11]

ひょんなことから譲り受けたシェイクスピアの記憶に翻弄されるヘルマン・ゼルゲルと違って、これらの “フォロワー作家” たちは、己のアイデンティティを押し流されることなどない。むしろ模倣者、追従者あるいは布教者であることが彼らのアイデンティティなのだから。しかし、

「彼らは始終フレッチャーを追いかけ、ジョナサンが言ったとおりの言葉、そのままの仕草について聞き、あらゆる些細なことまでを知りたがった。彼らがつまらぬ知識を求めれば求めるほど、フレッチャーは落ち着かない気持になった。ひとたび、メッセージを学ぶことに興味を持つと、彼らは厄介な努力を、つまり訓練、高速飛行、 自由、空で輝くことなどを怠るようになっていった。そして、ジョナサンの伝説のほうにややもすれば狂気じみた目を向けはじめた。アイドルのファンクラブのように。」[12]

その態度は、飛ぶことを忘れ、直弟子から伝説のカモメ・ジョナサンの目の色を聴き取ることに淫した “ファンクラブ” とは異なる。繰り返しになるが彼らはピエール・メナールに連なる者であり、

「実のところこれはそう、珍しい現象ではない。どの分野においても、あるレベルを超えた趣味人は多かれ少なかれ、こうした満たされない思いを常に抱いているはずだ。絶対的な存在に対し、それを渇望し、ただ祈る。やがて湧き上がる渇望によって、ただ祈るだけの時間に耐えられなくなる ―― この段階に達したとき、人はみずからそれを生み出すために手を動かしはじめるのだ。その世界に存在してすらいない理想の事物にどうしても触れたいというほとんど追い詰められるような気持ちと、そのまだ見ぬものへの果てしない憧れを同時に胸に秘めながらこう決意するのだ。それが世界に存在していないのなら、自分で制作するしかないのだ、と。」[13]

先行作家という「絶対的な存在に対し」「ただ祈るだけの時間に耐えられなくな」り「自分で制作するしかない」と決意した者だ。

「彼は、人間のすべての労苦を待ち受けている虚無の先を越そうと決心し、あらかじめ無益と分かっている非常に繁雑な仕事に手をつけた。すでに存在する本を外国語で反復することに、その細心の注意をかたむけ、不眠の夜をささげたのだ。」[14]

 そういえば小学生の時分、飽くことなく繰り返し遊んだノベルゲーム[15]を一からノートに清書したが、私はそのとき何をしようとしていたのか。選択肢次第で行く末の変わる物語を、引き写すことで確定させようとしたのだろうか。真意などもはや忘れてしまったが、そのときの私は、

テオ・マーサー[16]
アーティスト。アートウォッチャー。Cream Soda Museumが更新されるたびに、サイトを訪れ名義の観測を行う。彼にとってCream Soda Museumは完成された美術館ではなく、絶えず生成変化し続ける生態系である。

選択肢次第で「生成変化し続ける生態系」のように思われたその物語を、なぞり書きすることで掌握しようとしたのではないか。思えばそれは私の物書きとしての原体験だったかも知れず、そして私は今も、「生成変化し続ける」クリームソーダを観測している。テオ・マーサーのように。〈了〉


 タイトルは、リチャードバック/著,五木寛之/創訳,ラッセル・マンソン/写真『かもめのジョナサン【完成版】』新潮文庫,p.141 による。
 なお、引用したURLの最終閲覧日はすべて2026年7月20日である。

[1]ホルヘ・ルイス・ボルヘス/著,鼓直/訳「『ドン・キホーテ』の著者,ピエール・メナール」『伝奇集』岩波文庫,pp.58-59

[2]クリームソーダミュージアムの「Artist」一覧の6ページ(https://creamsodamuseum.org/artist-6/ )、上から44番目(すなわち、294人目)のアーティスト。

[3]6ページの上から49番目(すなわち、299人目)のアーティスト。

[4]6ページの上から50番目(すなわち、300人目)のアーティスト。

[5]1ページの上から1番目(すなわち、1人目)であることからもわかるとおり、最も活動歴が長く、中村さんの別名義を代表するようなアーティスト「Y・N」のこと。「非言語的な造形感覚として、線やパターンが変化する有様を描写したようなドローイングを制作している」。「また、別名義に、Y・N_2、Y/N、*Y・Nなどがいる」が、彼らもこのたびクリームソーダに登録された。
https://creamsodamuseum.org/y%e3%83%bbn/ 

[6]1ページの上から10番目(すなわち、10人目)のアーティストであり、古参の別名義のひとりである「倉石幸彦」のこと。「路上や公園、公共空間、自宅の庭など様々な場所で即興でダンスを踊り、主に写真や映像によって記録している。別名義に、橋貝悠吾がいる。」
https://creamsodamuseum.org/%e5%80%89%e7%9f%b3%e5%b9%b8%e5%bd%a6/ 

[7]2ページの上から15番目(すなわち、65人目)のアーティストである「金沢ユウマ」のこと。「文字のみによる意味性を排除したコンクリートポエトリーを制作し、デジタル作品や印刷物として制作している。」
https://creamsodamuseum.org/%e9%87%91%e6%b2%a2%e3%83%a6%e3%82%a6%e3%83%9e/ 

[8]2ページの上から12番目(すなわち、62人目)のアーティスト。
https://creamsodamuseum.org/%e3%83%95%e3%82%a1%e3%83%ab%e3%83%bc%e3%82%af%e3%83%bb%e3%82%a2%e3%83%83%ef%bc%9d%e3%83%80%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%82%a3%e3%83%bb%e3%82%a2%e3%83%ab%ef%bc%9d%e3%82%b8%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%83%b3/ 

[9]1ページの上から3番目(すなわち、3人目)のアーテイスト。クリームソーダミュージアムは、必ずしも活動歴の長い順に並んでいるわけでもないようだが、彼もまた古参である。
https://creamsodamuseum.org/%e3%82%b5%e3%83%a0%e3%83%bb%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%88/

[10]他にも、「(インターナショナル・)クライン・ブルー」で有名なイヴ・クラインに影響を受けつつ、オレンジをテーマカラーとした生田紗希などがいる。生田については、『クリームソーダにうってつけの日々③』の注10も参照のこと。
https://curryricegallery.jp/%e3%80%8e%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%a0%e3%82%bd%e3%83%bc%e3%83%80%e3%81%ab%e3%81%86%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a4%e3%81%91%e3%81%ae%e6%97%a5%e3%80%85%e2%91%a2-%e2%80%95%e2%80%95-%e3%81%b2%e3%81%a8/ 

[11]ホルヘ・ルイス・ボルヘス/著,内田兆史・鼓直/訳『シェイクスピアの記憶』岩波文庫,p.91

[12]『かもめのジョナサン』pp.148-149

[13]宇野常寛『庭の話』講談社,pp.152-153

[14]『ドン・キホーテ』の著者,ピエール・メナール』p.67

[15]携帯ゲーム機用に移植された『かまいたちの夜 ~アドバンス~』(チュンソフト,2002年。https://www.spike-chunsoft.co.jp/pages/games/kamagba/ )のこと。雪の山荘で事件が起こる…という古式ゆかしいミステリだが、選択肢によってホラー、コメディ、スパイ物とジャンルが変化する。中村さん企画・原案、長井究衡さんデザインの拙著『いつもどおり昼寝を楽しむ余裕のあるおにぎりさ ―― 「Creating Environments」のためのゲームブック』(2026)は、今にして思えばこのような少年期の体験に根ざしていたのかもしれない。ちなみにこのとき清書したのは、正しい選択をし続けた際に訪れる、最もハッピーエンドに近いルート(それでも被害者は1名出てしまうのだが)。

[16]6ページの上から43番目(すなわち、293人目)のアーティスト。
 ちなみに、今回新たに観測された別名義14名を列挙すれば、以下のようになる。

287. フェニックス・ヘイル
288. オライオン・ブレイク
290. 桂木一郎
291. ジュリアン・フロスト
292. 風島十九郎
293. テオ・マーサー
294. マーラ・エリソン
295. アミール・ハッダード
296. Y・N_2
297. Y/N
298. *Y・N
299. 小佐古奏太
300. 盛岡カズキ