
『クリームソーダにうってつけの日々② ―― 魔法の書』
2026年4月29日19時55分。いつもより早く諸事を済ませ、ペンとノートとパソコンを机上にいそいそと広げたのは、
「『一人ワークショップ』とは、アーティスト中村悠一郎によって考案されたワークショップの形式です。
このワークショップでは、企画者も自分一人、参加者も自分一人の孤独なワークショップです。しかしながら、テーマと時間というフレームがあることによって、普段とはちょっと違った時間感覚を得られるワークショップでもあります。
この一人ワークショップを各々の家などで各自でテーマを決め、実践することによってみんなと同じ時間を過ごしている、しかし違うことをやっている。という、当たり前のことに気づくのではないでしょうか。」[1]
20時から21時まで、「一人ワークショップをみんなでやってみる」に参加するためだった。当初はベランダで星を眺めようと思った。マクシミリアノ・ロケ・アラーニャ[2]が描いた、架空の星空を見るように。しかし曇って見えない。代わりに1時間、クリームソーダミュージアムを見続けることにしたのだが、
「ポムネの間
誰かと誰かが同時にそれを想起することによって、二者もしくは複数人の間で生まれる距離はどんなに離れていても関係しない空間の制約を超えて立ち上がる、遍在的な媒介空間。アーティスト。〔……〕」[3]
「K・I
アーティスト。地域性の反対の概念として、普遍性という問いから、地球上どこでも上空に存在している『空』というものをモチーフに、写真を撮影している。」[4]
初回の連載で、“ポムネの間みたいな媒介空間” と喩えたクリームソーダミュージアムを見ることと、あまねく広がる空を眺めること。そして、一人ワークショップに参加することの間に、駆動される想像力という点で実は大差はないのかもしれない。さらに、現実の星空に対して架空の星空を描いてみせるマクシミリアノ・ロケ・アラーニャは、クリームソーダミュージアムを、別名義の作家を、“(もう)一つのアートワールド”[5]として提示してみせる中村さん自身にも通じるし、
「ジョナサン・スウィフトは『ガリヴァー旅行記』の一章、『ラプータ、バルンバルビ、ラグナッグ、グラブ=ダブドリブそして日本への旅』のなかで、ひとつの言語の語彙のすべての組み合わせ機械なるものの着想を、面白半分に語っている。その機械をぐるぐる回転させていると、やがて、あらゆる種類の奇妙な怪物めいたものといっしょに、究極の百科事典にふさわしい完璧な字句が、そこから出てくるというわけである。〔……〕事実、自動印刷機なるものが作られて一行一行を印刷してゆき、この一行ごとにわれわれの言語の文字や記号とは異なる組み合わせが現われるとすれば、その機械は時さえ与えられれば、過去に書かれたものの一切と未来において書かれるものの一切を印刷することになる、と考えられなくもない。 いや待てよ。ある悪ふざけの好きな男が面白半分に、あの自動印刷機がやはり刷りだしかねない、 絶対に解読不可能な文章だけを書いたのであったら?」[6]
「あらゆる種類の奇妙な怪物めいたものといっしょに、究極の百科事典にふさわしい完璧な字句」を生み出しうる「組み合わせ機械」や「自動印刷機」のごとく、架空であるはずのそれが、いずれ過去の、あるいは未来の星空と重なり合うかもしれない。それは同様に、
「ペンピョラグヌス
造語世界。アーティスト。造語と造語それ自体を会話させることによって、新しい造語を生み出す世界であり、その世界自体がアーティスト。造語の定義は、作者の主観的にわからない言葉とし、被る可能性もあるが、そこはこの世界においては問題にしていない。」[7]
ペンピョラグヌスが生み出し続ける、「クラぺニョル・ダヴォレカ」「フャメリット・ヌッカラモン」のような造語にも起こりうる。
と言ってもここで大事なのは、架空の星空や造語が、それぞれに対応する現実と符合するかもしれないこと、その万が一の可能性が内包されていること自体だし、
「たとえば、樫の木の種子は『可能態(デュナーミス)』にある存在者であり、その可能性が現実化された樫の巨木は 『現実態(エネルゲイア)』にある存在者だと考えるわけです。〔……〕こうしてアリストテレスは、自然物であれ制作物であれ、すべての存在者は可能態から現実態へ向かう運動のうちにあると考えます。たとえば、森のなかに聳えている樹は材木になる可能態にあり、仕事場に置かれている材木はその現実態だということになりますが、次にその材木はたとえば机になる可能態とみなされ、机がその現実態だということになり、可能態 ― 現実態の関係はどこまでも相対化されます。ということはつまり、すべての存在者はそのうちに潜在している可能性を次々に現実化してゆくいわば目的論的運動のうちにあるということです。」[8]
中村さんはむしろ、「潜在している可能性を次々に現実化してゆくいわば目的論的運動」みたいな即物性を、《あとでやる》[9]と引き伸ばしたり、《I don't know》[10]とはぐらかしたり、そして時に《やめた》[11]とうっちゃったりすることで批評しているのではないか。言いかえれば、時間的にも空間的にも遠く隔たった何かへ一挙につながってしまう(かもしれない)“弱い” 可能態としての別名義を、「自動印刷機」あるいはガチャガチャマシンのごとく次々と出力し続けること。それが彼の制作なのだろう。
「『さて、読者よ、心に留めてもらいたい。この書物は、私と同様に永遠のものである。私と同様に、繰り返しつづける。読者はこの行を読み終えるやいなや、この本の一ページ目に立ち戻ってそれを開き、目を凝らして読まねばならぬ。読者がここで中断すれば、すでに読んだことも無意味になるだろう』
ラビノビッチは力を振りしぼって、その目を手稿本の最後の単語から最初の単語へと飛び移らせた ―― 空中ぶらんこの曲芸師のように。」[12]
「祈れ、旅が長くなりますように、
初めての港に着く喜びの夏の朝に
何度も何度も恵まれますように、
フェニキア人の交易所のいちいちを
訪れては美しい品々を買い入れろ。
真珠母、珊瑚、琥珀、黒檀、
官能をそそる香料、―― ありとあらゆる種類の
官能をくすぐる香料を買えるだけ買え。
エジプトのまちをあちこち訪れろ。
賢者から知恵をもらってたくわえろ。」[13]
21時。いまや膨大なクリームソーダミュージアムを1時間で読み終えることはできなかった。そもそも、永遠に綴られる『魔法の書』のごとく書き足され、書き直されるから[14]、完結や読了なんて訪れない。しかし私(たち)はそこに不毛ではなく愉しみを見出す。「初めての港に着く喜びの夏の朝に/何度も何度も恵まれ」たかのように。〈続く〉
注
タイトルは、エンリケ・アンデルソン=インベルの同名短編による。なお、URLの最終閲覧日はすべて2026年5月21日である。
[1]「第13回千年ワークショップ『一人ワークショップをみんなでやってみる』(ホスト/福岡壱海(中村悠一郎)_日時/2026年4月29日(水)20:00〜21:00_会場/各々の場所_料金/無料)ステートメントより。
https://www.instagram.com/p/DXoohHAEvV1/?hl=ja
[2]クリームソーダミュージアムの「Artist」一覧の5ページ、上から5番目(すなわち、205人目)のアーティスト。「主に架空の星空をデジタルで描いている」。
https://creamsodamuseum.org/%e3%83%9e%e3%82%af%e3%82%b7%e3%83%9f%e3%83%aa%e3%82%a2%e3%83%8e%e3%83%bb%e3%83%ad%e3%82%b1%e3%83%bb%e3%82%a2%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%83%8b%e3%83%a3/
[3]2ページの上から32番目(すなわち、82人目)のアーティスト。
https://creamsodamuseum.org/%e3%83%9d%e3%83%a0%e3%83%8d%e3%81%ae%e9%96%93%e3%80%80/
[4]4ページの上から30番目(すなわち、180人目)のアーティスト。
https://creamsodamuseum.org/k%e3%83%bbi/
[5]クリームソーダミュージアムの「About」ページ記載の文言をもじっている。
https://creamsodamuseum.org/cream-soda-museum%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/
[6]エンリケ・アンデルソン=インベル/著,鼓直/訳「魔法の書」J・L・ボルヘス 他/著,鼓直/編『ラテンアメリカ怪談集』河出文庫,p.166
[7]3ページの上から13番目(すなわち、113人目)のアーティスト。
https://creamsodamuseum.org/%e3%83%9a%e3%83%b3%e3%83%94%e3%83%a7%e3%83%a9%e3%82%b0%e3%83%8c%e3%82%b9/
[8]木田元『反哲学史』講談社学術文庫,pp.107-108
[9]5ページの上から12番目(すなわち、212人目)として登場する「菅野孝英」のテキスト作品(2026年制作)。
[10]5ページの上から11番目(すなわち、211人目)として登場する「石田一司」のテキスト作品(2026年制作)。
[11]5ページの上から10番目(すなわち、210人目)として登場する「田村有季」のテキスト作品(2026年制作)。
なお、注9~11で言及したアーティストはすべて、前回の連載で扱った架空都市「ゴルゴル」シリーズに由来している。
[12]『魔法の書』p.183
[13]コンスタンディノス・カヴァフィス/著,中井久夫/訳,今福龍太/改訳「イタカ」今福龍太『群島-世界論 パルティータⅡ』水声社,pp.430-431
[14]この4月29日に見つけただけでも、たとえば1ページの一番下(すなわち、50人目)のアーティストである「川童タカヒコ」のプロフィールには、一人ワークショップのことが追記されていた。また、次のページの一番上(すなわち、51番目)のアーティストである「ニグラム」は、元々アルファベット表記だったがカタカナに改められ、代表作も変更されていた。
